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岡山地方裁判所 昭和40年(ヨ)180号 判決

申請人 重成幸雄

被申請人 三井造船株式会社

主文

一、被申請人は、申請人を被申請人の従業員として取り扱わなければならない。

二、被申請人は申請人に対し、昭和四〇年三月から本案判決確定に至るまで毎月二五日限り金一一、八〇〇円を支払え。

三、申請費用は被申請人の負担とする。

事実

第一、当事者双方の求める裁判

一、申請人

主文一項、二項と同旨の裁判

二、被申請人

「本件申請を却下する。申請費用は申請人の負担とする。」との裁判

第二、申請人の主張

一、申請の理由

(一)  被申請人は肩書地に本社を置き、船舶および船舶諸機械関係の新造ならびに修理等の事業を営む株式会社であつて、職業訓練法一五条の認定に基づく事業内職業訓練を行うため、養成工として、毎年義務教育新規終了者中より若干名を採用している。申請人は昭和三七年四月被申請会社に右養成工として採用され、以後同社玉野造船所(以下単に会社ともいう。)に勤務し、毎月二五日の支払日に月額一一、八〇〇円(昭和四〇年二月現在)の賃金の支払を受けていたところ、会社は昭和四〇年二月二四日申請人に対して解雇する旨の意思表示をなし、以後申請人の就労を拒否し賃金の支払をしない。

(二)  しかし、右解雇の意思表示は次の理由により無効であつて、申請人はなお会社の従業員たる地位を有し、賃金の支払を受ける権利を有する。

1 本件解雇は解雇権の乱用で無効である。

(1) 解雇理由の不存在

被申請人は、申請人を素質、能力、その他修業の状況からみて訓練目的に適応せず、または成業の見込みがないものと認められるとして、養成工取扱規則九条四号、就業規則六一条三号により解雇したというのである。しかし、右養成工取扱規則九条四号に成業の見込みの有無の判断基準として掲げられている素質、能力、修業状況等は極めて抽象的であつて使用者の恣意が入る余地の大きいものであるから、かかる白地に等しい規定は無効というべきである。仮に右規定が有効であつたとしても、被申請人が訓練目的に適応せず、あるいは成業の見込みがない理由として主張する事実はいずれも存在しない。

(イ) 申請人は、午前中会社が委託した玉野市立備南高校において学科の教習を受けていたが、同校における申請人の第一学年および第二学年の成績は極めて優秀であつた。第三学年になつてから可成り成績順位が下つたのは事実であるが、決して成業の見込みがないという程度には至らない。しかも、第三学年に入つてから、実兄が不自然な死を遂げるという不幸な事態が発生したのであり、性格形成途上の申請人にとつて兄の死が如何に影響を与えたかは十分推察されることであつて、第三学年における成績順位の下降は右の事実と全く無関係であるとは言い切れないのである。

また、被申請人主張の日時に申請人が喫煙したことにより三日間の出校停止処分を受けたことはあるが、右の事実のみで申請人が素行不良であるとは到底いえない。実社会に出て働く未成年者がその環境上喫煙の習慣を身につけるようになるのは珍しいことではない。現に、会社における養成工はその七割近くが喫煙しており、これを理由に処分された者はその一割にも及んでいる実情に照らせば尚更である。

次に、被申請人主張の日時に申請人が同級生杉山を殴打したことにより出校停止八日間の処分を受けたことはあるが、これも申請人が全く理由もなく暴力を振つたわけではない。当時、申請人はクラス議長であつたので、その立場上前校時の授業を欠課した杉山にその理由を問い質したところ、同人が申請人に対して横柄な態度をとつたため、血気盛んな高校生の年代によくあり勝ちな直接行動に訴えてしまつた一例に過ぎない。しかも、右の殴打は一、二回程度の軽微なものでもちろん杉山に対しては何ら傷を与えてはいない。

申請人は、備南高校において生徒の信任を要する生徒会々長、副会長あるいはクラス議長等を歴任し、さらに自らサークルを組織して学習会を開いたりしていたものであつて、これらの事実はむしろ申請人の素行の良好さ、性格の真面目さ、指導力の豊かさを証明している。

(ロ) 会社における実技訓練でも、申請人が極めて優秀な技術を有していたことは直接技術指導にあたつた指導員がすべて認めているところである。特に、申請人が配属された化工機工場製造部機械職場では、本工の病気欠勤による欠員後養成工中から選ばれて単独で小旋盤の操作を任された事実は、申請人の技術の優秀性を雄弁に物語つている。

申請人は昭和三九年九月以降無断欠勤、早退等が増加し、その回数は一ケ月各四、五回に及んだとの被申請人の主張は事実に反する。会社には賞罰規定があり、一ケ月二日以上の欠勤、早退者に対する戒告処分を定めており、また、就業規則においても正当の理由のない無断欠勤、早退、遅刻等に対してその程度に応じて各種懲戒処分を定めている。しかし、申請人はこれまで右の各処分を一度も受けていない。申請人は、昭和三九年一〇月に一回だけ無断早退したことがあるが、この時会社では勤労部教育課職員や若年指導員等が申請人と面接して慎重な調査を行なつている。申請人の唯一回の無断早退についてさえ右のような措置をとられている事実に徴すれば、一ケ月四、五回もの無断欠勤、早退等の事実が真実存在したとすれば当然それ相当の調査はもちろん、前記処分のいずれかがなされていた筈なのである。

また、被申請人が無断職場離脱の一例として主張するところの、出勤していながら昼頃職場に出てきたとの点は、班長の許可を得て営繕課へ職務で行つていたのであり、正当な理由に基づくものである。

次に、申請人が朝の操業開始前に行なわれる安全教育に屡々参加しなかつたのは、職場に配置してあるストーブを焚くことが職務上地位の一番下である養成工の任務とされていたため、時間的に参加が不可能であつたからで、決して申請人の怠慢に基づくものではない。

さらに、申請人が上司に対して反抗的であつたとの点については、何ら具体的事例があげられていない。自己の主張を素直に上司に述べることが反抗的というのであれば言い掛り以外の何物でもない。

以上を総合すれば、技術的には優秀であり、素質(学力)の点でも実績があり、指導力、協調性も生徒会役員等を勤めて十分であり、いかなる点からみても養成工取扱規則九条四号にいう成業の見込みがないとはいえないにも拘らず、その見込みがないとしてなされた本件解雇は、その理由を欠き無効である。

(2) 量刑不当

仮に養成工に対して養成工取扱規則が優先適用されるとしても、その解釈適用は当然就業規則に準拠すべきであり、養成工だから特に厳しく適用されなければならない理由はない。本件において被申請人の主張する解雇理由は、前記のとおり、一般従業員についてはいずれもけん責、減給、出勤停止以上の処分はできない事案であるにも拘らず、あえて解雇を以て臨んだことのみをみても量刑を誤つた苛酷な処分であることは明らかである。また、これまでに生じた他の事例に対する処分と本件の場合を比較してみると、同僚養成工を殴打して傷害を与えた養成工が出勤停止一週間の処分、寮内で暴力事件を起して送検された従業員、椅子で同僚を殴打した従業員、教師に短刀を突きつけた養成工、婦女暴行で新聞種にもなつた従業員等はいずれも解雇処分を受けていない。解雇は労働者の生活を根底から覆えす死刑に等しい処分であるが、本件の場合中学校を卒業して希望に燃えて会社に就職した未成年たる申請人に対してなされたものであるだけにその苛酷さは一層大きいといえる。通常解雇といえども、解雇はそれ自体制裁としての機能を有している以上、前記のような諸種の事情が存在するにも拘らず、けん責、減給、出勤停止等の一連の系列をなす制裁を無視して一挙に解雇処分を行なつたことは重きに失し、まさに解雇権の乱用であり無効であるといわなければならない。

2 本件解雇は不当労働行為で無効である。

養成工は、自宅より通勤不可能な者は全員会社の設置した宿舎(若竹寮)に入寮し、起居を共にしているが、申請人は、以下に述べるように主として寮生である養成工の生活上の諸問題について養成工の生活利益擁護の立場から常に中心となつて活発な運動を行なつた。

(1) 早朝マラソン

昭和四〇年一月一〇日、会社は事前に寮生の意見を全く聞くことなく突然明朝より早朝マラソンを実施するから全員参加するようにとの掲示を寮内に掲げた。寮生の間では、このような一方的かつ命令的な早朝マラソンに対する反対意見が多く、申請人はこのように反対意見が多数あるにもかかわらず会社がこれを無視して強行することは好ましくないと考え、寮生の代表として選ばれ、寮長と折衝した結果早朝マラソンは中止された。

(2) ストーブ燃焼および入浴時間の短縮

従来寮内におけるストーブ燃焼時間は、休日は終日、平日は午後四時から、また入浴時間は毎日午後四時からとされていたが、昭和四〇年一月中旬会社は突然経費節約を理由に右ストーブ燃焼時間および入浴時間をいずれも大巾に短縮する旨の掲示を寮内に掲げた。この問題についても、寮生の間では寮生の意見を全く聞くことなくなされた会社の措置に対する不満が多かつたので、従来から養成工と会社の意思疎通の場として設けられていた研修会を早急に開いて養成工から会社に対する要望の数々を提出しようとの気運が盛り上つた結果研修会が開催されたが、申請人は研修会の開催やその席上で会社側への要望を提出するに際して常に養成工の中心として活動した。

(3) ボーイスカウト入隊強制

会社は、昭和三八年度および昭和三九年に採用されて入寮した養成工全員をいずれも強制的にボーイスカウト玉野少年部へ入隊させた。しかし、ボーイスカウトの訓練は休日および退社後の勤務時間外に行なわれるため備南高校におけるクラブ活動の阻害になることなどから、寮生の間ではボーイスカウト入隊強制に対する不満の声が多かつた。申請人は、養成工の代表として右の不満を会社に伝え、かつ寮長とも折衝した結果ボーイスカウトの訓練は勤務時間内に行ない、勤務時間外の訓練は希望者にのみ行なうよう改められた。

(4) サークル活動

申請人は、楠会という名称の学習会を組織し、サークル活動を行なうとともに会報も発行していたが、会社から右学習会の活動内容について報告するよう求められたので、養成工の代表としてこのような自主的サークル活動に対する不当な干渉を行なわないよう会社に対し抗議したことがある。

申請人の前記諸活動は、いずれも正当な組合活動というべきものであり、本件解雇はこれらの申請人の活動を嫌悪した会社が暴行事件などに藉口してなした不利益取扱であることは明らかであるから不当労働行為として無効である。

(三)  申請人は賃金のみで生活を維持する者であるから、従業員地位確認ならびに賃金請求の本案判決の確定をまつていては生活が破壊され、回復困難な損害を受けるおそれがある。

二、被申請人の主張に対する反論

(一)  被申請人主張の、会社と申請人とが締結した技能訓練契約は、養成工を一般従業員とは異つた地位ないし身分に置くものではない。養成工取扱規則一〇条、二〇条、就業規則六一条三号の各規定を合理的に解釈すれば、養成工も一般従業員と身分において全く異らず、ただ三ケ年技術習得期間として技能訓練を受けることを義務づけられているに過ぎないとみるべきである。会社における現実の取扱いにおいても訓練契約終了時に改めて雇傭契約が締結されている事実はない。

(二)  養成工は争議行為不参加の点を除き会社労働組合の組合員として会社および組合の双方から承認されているのであるから、申請人の前記諸活動は組合活動である。

また、前記諸活動が組合の指示、命令に基づくものでないことは被申請人主張のとおりであるが、憲法二八条は組合を介した団結活動のみを前提としているのではなく、労働者の立場を自覚してその生活利益を守るために行なう団結活動をも含んでいると解すべきであるから、申請人の自発的活動が組合活動としての正当性を欠くものとはいえない。特に、会社における現在の労働組合は、昭和二四年の争議の際第一組合に対抗して結成された第二組合がその前身となつているものであり、その後第一組合の壊滅に伴い会社内で唯一の労働組合となるに至つているが、右の経緯からややもすると会社の経営方針に迎合的で労働者の権利を真に擁護する機能を果さなくなつている。かかる状態の下では、労働組合員は自らの生活と権利を守るため自発的、積極的に活動せざるを得ないのであるから、このための諸活動が正当な組合活動として保護されなければならないのは当然である。そして、申請人の前記諸活動が組合員たる養成工全体の生活利益擁護のためになされたものであることは活動の内容からみて明白である。

第三、被申請人の主張

一、申請理由に対する答弁

申請理由一、の(一)のうち、賃金の点を除きすべて認める。

申請理由一、の(二)のうち、本件解雇の意思表示が無効であるとの主張事実は争う。なお、本件解雇は申請人が会社に養成工として採用される際締結した技能訓練契約および会社の定めた養成工取扱規則九条四号の規定により右契約を解除した結果に伴う、就業規則六一条三号の規定に基づく通常解雇である。

二、本件解雇の有効性

(一)  養成工の地位

会社の養成工は、会社における定められた職種に関する技能を習得させ、併せて広い教養と強健な身体を涵養し、将来有為かつ健全な勤労者となる素地を育成する目的をもつて、会社が職業訓練法一五条の認定に基づき技能訓練契約を結んだ者である。ところで、職業訓練は国および都道府県等の援助により技能労働者の養成を目的とする制度であり、事業内職業訓練はその認定基準を職業訓練法施行規則をもつて定め、教科、訓練期間、設備、訓練指導員の数、試験制度等についてその基準に達していると認められた場合はじめて認定をうけることができるのである。会社における養成工は、このような制度の下において会社と雇傭関係にある労働者であるが、労働者とはいつても一般従業員のように生産業務に直接関与することはなく、もつぱら教科、実技の訓練をうけているのであるから、それは使用者に対する労務提供とこれに対する賃金支払が対価関係に立つているとはいえず、養成工はむしろ自らのために教科、実技の訓練をうけているのである。したがつて、養成工の労働者たる地位は、一般従業員とは全くその性質を異にした特殊なものといえるのであり、このため労働協約付帯覚書においても、養成工は準組合員とし、その取扱については協約各章の規定に対する特例として、(イ)会社の教育方針により教育するものとし、養成工取扱規則により取扱う、(ロ)労働条件その他の取扱については組合に諮問して会社が決定する、(ハ)争議行為中であつても争議に加わらないものとする、との協定が組合との間になされており、養成工取扱規則三条は、養成工の労働条件等については就業規則に優先して適用される旨定めている。このような立場にある養成工については、会社との訓練契約関係を解除して解雇する場合の理由およびその基準も一般従業員の場合とは自ら異るのが当然である。そして本件解雇が、養成工取扱規則九条四号により訓練契約を解除した結果に基づくものであることは前記のとおりである。

(二)  訓練契約解除の理由

(1) 備南高校における教科学習状況および素行

(イ) 備南高校における申請人の成績順位は、第一学年が五三人中九位であつたが、第二学年が四九人中一六位、第三学年が四五人中三八番と次第に低下し、特に第三学年では最下位近くまで急激に下降したことは申請人の怠慢により勉学意欲が異常に減退したことを示すものに他ならない。

(ロ) 同校における申請人の出欠状況は、第一学年および第二学年はいずれも欠席、欠課が二、三回程度であつたが、第三学年では欠席九日、欠課二〇回、遅刻二九回、早退一四回という劣悪な状態になつた。しかも、これらの出席状態の悪化は前記成績の急激な低下と時期を同じくしているのであるから、同様に申請人の怠慢による勉学意欲の異常な減退と評せざるを得ない。

(ハ) 申請人は未成年者であるにも拘らず、昭和三九年一〇月六日会社グランド内で喫煙していたところを同校教師に発見され、同校より出校停止三日間の処分をうけた。そして、申請人は今後このような行為はしない旨の誓約書を会社宛提出し、会社より一ケ月間の謹慎を命ぜられたにも拘らず、右出校停止期間中再び会社内で喫煙しているところを発見され注意をうけた。これは申請人に全く反省の認められなかつたことを示すものというべきである。

(ニ) 申請人は昭和四〇年二月一〇日同校において同級生杉山幸夫を殴打し、同校より出校停止八日間の処分をうけた。申請人の弁解によると、当日杉山が遅刻した理由を申請人がクラス議長の立場から詰問したところ杉山の態度が悪かつたので殴つたというのであるが、当日は申請人自身も遅刻しているのであるから杉山のみを責める資格はなく、クラス議長であるならば尚更右のような暴力を振うことが許される筈はない。

(ホ) 申請人は昭和三九年度の同校始業式の後行なわれた教師の退任式において、全校生徒を代表して餞別品を渡す際、ビラでも配るような非礼極まりない態度をとつた。さらに、申請人は昭和四〇年一月第三学期始業式の際、教頭の訓示が終るや突然壇上に上り「こんな寒いところで始業式をやるとは何事か。生徒は話など聞いていない。生徒は団結せよ。」などと絶叫し並み居る教師を唖然とさせたことがある。このような非常識な行為は、申請人の異常性格の一端を示すものといつて差し支えない。

(2) 会社における実技習得状況

(イ) 申請人は昭和三九年九月頃から欠勤、早退等が多くなり、同年一〇月以降は一ケ月平均それぞれ四、五回にも及ぶようになつた。しかも、これらの中には何ら届出のなされていないものも含まれており、その都度注意をうけながら改めることがなかつた。

(ロ) 申請人は、昭和三九年一一月二八日養成工桶孝弘が教育課に呼ばれた際、就業時間中であるにも拘らず数名の同僚養成工を誘つて無断で職場を離脱し教育課へ抗議に押し掛けたことがあつた。さらに、昭和四〇年一月頃会社へ出勤しながら昼頃まで職場に姿を見せなかつたこともある。次に、昭和四〇年一月始め頃より連日のように会社の下請企業である三栄工業株式会社従業員が顔見知りの申請人のところへ私用でやつて来て、就業時間中であるにも拘らず長いときは二時間にもわたつて大声で雑談を続けたので、上司から申請人に対して再三注意を与えたが改めるところがなかつた。また、会社では災害防止の目的から毎朝操業開始前午前八時一〇分より各職場において班長がその日の注意事項を読み上げる安全教育を行なつていたが、申請人はこれに出席しないことが屡々あつた。

以上の申請人の諸行動は、いずれも厳正な職場規律を無視したものであることは明らかである。

(ハ) 申請人は、作業の際も誤作品を作成してしまつたような場合、上司たる班長或は班長補に報告することなく勝手に棚から代りの材料を持ち出したり、指示を受けないで自分勝手な仕事ばかりしていた。養成工とはいえ、将来会社において厳しい生産工程に従事する者として、右のような上司の指示を無視もしくは仰ごうとしない態度は決して看過さるべきではない。

その他、申請人には上司に対する反抗的態度が数多くみられる。

被申請人が本件訓練契約を解除したのは以上の諸事実を総合した結果に基づいて、養成工取扱規則九条四号にいう「素質、能力、その他修業の状況からみて訓練目的に適応せず、または成業の見込みがない」と判断したからであつて、その解釈適用を誤まつたもの或は権利の乱用として無効などと言われるべき筋合いのものではない。

(三)  不当労働行為の主張について

(1) 会社が早朝マラソン、ボーイスカウト入隊の強制ならびに養成工のサークル活動に干渉した事実はない。また、ストーブ燃焼および入浴時間の短縮問題の経緯は申請人主張のとおりであるが、本件解雇は申請人が右の問題に関係して活動したことを理由になされたものではないから不当労働行為にはあたらない。

(2) 労働者としての養成工の特殊な地位については前記のとおりであり、かつ申請人主張の諸活動は組合の指示命令によつてなされたものではないから正当な組合活動とはいえない。

したがつて、いずれにしても不当労働行為の成立する余地は存しない。

第四、疎明〈省略〉

理由

第一、当事者間に争いのない事実

被申請人は、肩書地に本社を置き、造船事業を目的とする株式会社であり、申請人は中学校を卒業後昭和三七年四月同会社に養成工として採用され同会社玉野造船所で勤務していたところ、昭和四〇年二月二四日会社より解雇の意思表示を受けた(当時、会社化工機工場製造部機械職場に配属中)ことおよび会社が職業訓練法一五条の認定に基づき事業内職業訓練を行つていることは当事者間に争いがない。

第二、本件訓練契約の法的性質

成立に争いのない乙第六号証の一(技能訓練契約書)によれば、申請人は会社に採用されるに際して期間を昭和三七年四月二日から昭和四〇年三月二〇日までとする「技能訓練契約」なる契約を被申請人と締結したことが認められる。

被申請人は、会社の養成工は右技能訓練契約(以下単に訓練契約という)および会社が定めた養成工取扱規則により他の一般従業員と全く異なつた労働契約関係に服しているのであり、本件解雇は右養成工取扱規則九条四号の規定に基づき訓練契約を解除し、これに伴うところの通常解雇(会社就業規則六一条四号)である旨主張するので、以下本件解雇の前提となつている本件訓練契約の法的性質について検討する。

前記乙第六号証の一、いずれも成立に争いのない乙第一号証(労働契約書)、第二号証(従業員就業規則)、第三号証(養成工取扱規則)、第六号証の二(誓約書)、証人石谷佳雄、同西長実郎、同松浦秀男、同芳村護の各証言を綜合すると、次の事実を一応認めることができる。

(1)  会社の養成工は、「別表に定める職種(配電工以下三九職種)に関する技能を習得させ併せて広い教養と強健な身体を涵養して、将来有為かつ健全な勤労者となる素地を育成する目的をもつて、会社が職業訓練法第一五条による認定に基づいて訓練契約を結んだ者」(養成工取扱規則二条)で、会社はこれを義務教育新規終了者中より採用するが、将来会社の基幹工員たるべく予定されている。そして、養成工の採用にあたつては、選考試験を経由したうえ、履歴書、写真、技能訓練契約書、戸籍騰本等を提出させるなど慎重な手続をとつており、一般従業員雇入れの際の手続と殆んど差異がない(就業規則五四条、五五条)。

(2)  養成工は、訓練期間中、午前中は会社の委嘱により玉野市立備南高校(定時制)で事業内職業訓練基準(職業訓練法一四条、同法施行規則五条別表第三)のうち、学科(普通学科および専門学科)の教習をうけ、午後から会社内で実技の訓練をうけることとされており、実技に関しては、最初の一年(第一教習年次)は会社教育課(のちに勤労課)基本実習場で実技訓練をうけるが、第二教習年次以降は現場の工場各種部門へ配置され、それぞれ専門の技術指導員(現場の一般従業員が担任)から指導をうけながら現実に会社の生産業務に携わつている。訓練期間が終了し、会社の行なう技能検定に合格した場合は認定職業訓練証明書の交付を受け、自動的に現業職(いわゆる本工)として登用され、直接部門へ配属になるが、訓練期間は勤続年数に通算される(養成工取扱規則一一条、二〇条)。そして、養成工から本工へ移行するに際しては、改めて労働契約の締結やその旨の書面を作成したり、或は新たに辞令書を交付する等の手続はとられておらず、またその際改めて親権者の同意を取りつけているか否かは明白でないが、技能訓練契約書と誓約書記載の文言を併せて読むと、会社はむしろ当初の採用にあたつて親権者の包括的な同意を取りつけ養成工が本工に登用された以後の退職に至るまでの身元保証責任を負わせていることが窺われる。なお、任意退職の場合を除き、養成工から本工へ登用されなかつた者は、少くとも最近数年間その例をみない。

(3)  技能訓練契約書五項一号には、養成工は養成工取扱規則のみならず就業規則をも遵守すべき旨記載されており、また養成工取扱規則三条にも同旨の規定が存在する。

一方、申請人が会社に採用されるに際して会社に提出した申請人およびその連帯保証人で親権者たる申請人の父他一名連署の誓約書には、「このたび貴社に雇い入れられましたうえは、就業規則の定めるところに従い、下記事項(六項目)を厳守することを誓約いたします。」と記載されており、右六項目の誓約事項中には訓練契約に関する事項は何ら触れられていない。

(4)  会社と同会社労働組合との間に締結されている労働協約の付帯覚書第3の二によれば、養成工は「準組合員」とされ、争議中も争議行為には加わらないことおよび労働条件については組合に諮問して会社が決定する旨の協定がなされている。また、組合においても養成工から組合費を徴収し(但し一般組合員よりは若干低額)、組合役員の選挙権および被選挙権を与えている。

以上のとおり認められ、格別反対の証拠はない。右の事実関係によると、会社は就業規則五四条に規定する従業員雇入れの方式の一つとして、職業訓練法一五条の認定に基づく期間三年の事業内職業訓練を行なう養成工採用制度をとりいれ、将来の現場における基幹工員として中学校の新規卒業者を慎重な選考手続を経たうえ養成工として採用していることが認められる。これに、前記認定の訓練期間中の教習および服務規律に関する実状、養成工から本工へ移行するに際しての会社の取扱い、養成工の組合内における地位等を併せ考えれば、養成工は一般従業員と同様に、永続雇傭を前提とした期間の定めのない労働契約により採用されたものであつて、ただ採用後約三年間の訓練期間が先行しているに過ぎないものと認めるのが相当である。したがつて、本件訓練契約は、右期間の定めのない労働契約から独立した別箇の労働契約として成立しているのではなく、あくまでも後者の内容の一部もしくはその付款として存在しているものとみるべきである。そして、乙第二号証、第三号証、第六号証の一によれば、就業規則六一条は一般従業員に対する通常解雇事由として、精神もしくは身体の障害により業務にたえないと認められるとき(四号)、労働能率がはなはだしく劣悪なとき(五号)、やむを得ない事業上の都合によるとき(六号)の三箇条を定めているが、養成工取扱規則九条は訓練契約解除事由として右就業規則六一条四号と同趣旨の一号の他、法令または従業員就業規則に違反する場合(二号)、訓練契約の約定に違反する場合(三号)、素質、能力その他修業の状況からみて、訓練目的に適応せずまたは成業の見込みがないと認められる場合(四号)の三箇条を定めており、さらに技能訓練契約書五項二号には、養成工が「養成工取扱規則九条各号の一に該当したとき、あるいは就業規則九七条ないし九九条(懲戒事由、懲戒解雇事由)に該当したときは訓練契約は解除され、従業員の資格を喪失する。」と記載されており、これに対応して就業規則六一条三号は訓練契約が解除されたときは解雇する旨定めていることが認められる。

右の諸規定ならびに訓練契約の約定によれば、会社は養成工に対して少なくとも訓練期間中は、一般従業員に対するよりも大幅に拡大された訓練契約解除権(解除権)を留保しているように解されないでもないが、以下に述べる理由から必ずしも右規定の文言どおりには解し難いのである。

近代的企業、殊に工業において不可欠とされる技能者養成は、従来各国においてもいわゆる徒弟制度によつて行われてきたものであるが、反面家族的温情主義の美名のもとに徒弟の酷使、虐待等劣悪な労働条件を実体とする苦汗制度の温床をなしてきた場合が多い。そのため、我が国労働基準法もその制定にあたり第七章「技能者養成」のもとにおいて徒弟の弊害排除(六九条)を前提とし、その上に立つ技能者の養成に必要な限度で契約期間、賃金の支払、労働時間等について特例を定めることができるとし(七〇条)何よりもまず技能の養成をうける年少労働者の保護を建前として発足した。右の建前は昭和三三年職業訓練法の制定に伴う労働基準法七〇条の改正によつてむしろ強化されている(賃金の支払、労働時間等を特例から除外)ことに鑑みれば、労働条件のうちでも重要なものに属する解雇基準に関する養成工の地位については相応の配慮がなさるべきことが明らかであるのみならず、乙第三号証によると会社は養成工についても採用後一ケ月の試用期間を定めており(養成工取扱規則七条)、試用期間を設ける根拠が試験面接等の方法による選考のみでは発見できなかつた労働者の職業的不適格性を発見しようとするところにある以上、既に試用期間を経過した養成工が試用期間中の労働者よりも労働契約上不安定な地位におかれるということは著しく不合理といわなければならない。ただ、養成工は将来会社の基幹工員たるべき地位が予定されているので、一般従業員に対する通常解雇事由(就業規則六一条五号)よりは若干弾力性のある基準による訓練契約解除権(解雇権)を会社に与えているものと解するのが相当である。

問題は就業規則ないしは養成工取扱規則に基づき会社の有する解除権の裁量の範囲であるが、本件において被申請人により特に訓練契約解除事由として主張されている養成工取扱規則九条四号の趣旨は、既に考察したとおり本件技能訓練契約がいわば労働力の質的陶冶を目的としているところからすれば、将来の会社における基幹工員たる地位に対応する能力、技能ないし熟練を備えうる見込みがあるか否かという観点から判断されるべきであつて、養成工に対する全人格的判断、評価は労働力の質の評価に必要な範囲において極めて限定的に加味されるに過ぎないと解すべきである。右に加えて、乙第一号証、証人芳村護、同石谷佳雄の各証言によれば会社は大正六年に創業し現在本社、玉野造船所、千葉工場等に従業員約八千名を擁する我が国有数の大造船会社であり、会社の養成工は前記の如く将来会社の基幹工員たるべく予定されているが、必ずしもいわゆる管理職たる地位が予定されているわけではなく、全従業員数中養成工出身者の割合は四分の一を越えていることが認められるのであり、したがつて特に使用者との人格的信頼関係の要求される銀行従業員、教育労働者或は小規模企業の従業員等の場合と同一に論ずることはできないこと、および訓練終了に際して会社によつて行なわれる技能検定の内容は明白ではないが、職業訓練法二五条、二六条一項、同法施行令四条二項に基づいて労働大臣が中学校卒業者で認定職業訓練を終了した者を対象として行なう二級技能検定の試験内容は、申請人の該当する検定職種とみられる機械工についていえば学科試験として機械工作法、製図、機械要素等、実技試験として旋盤作業、各種削り作業であつて、技術ないし技能に関するものがすべてを占めており、その他の検定職種についても同様にいえるのであるから(職業訓練法施行規則三八条別表第六)、会社の行なう技能検定も右と格別差異はないものと推測されることも、養成工取扱規則九条四号の規程の解釈にあたり考慮されなければならない点である。

第三、訓練契約解除の効力

そこで以下被申請人の主張する訓練契約解除事由の存否および訓練契約の解除が養成工取扱規則九条四号に関する前記の基準に合し正当になされたか否かについて順次判断する。

一、備南高校における修学状況

(1)  成績の低下

証人片山博美の証言によれば、備南高校は三学期制を採用しており、同校における申請人のクラス内席次は第一学年は五三名中九番、第二学年は四九名中一六番、第三学年は四五名中三八番であることが認められ、これによると申請人の成績は第一学年、第二学年はむしろ上位に属するものであつたが、第三学年になつてから最下位近くまで急激に下降していることは明らかである。しかし、右の席次は普通学科、専門学科のみならずいわゆる素行や体育等の成績をも含んだ綜合評価によるものであるか否かおよび第三学年、特に第三学期の席次算出にあたつては申請人が解雇された昭和四〇年二月二四日以降の期間の成績も含まれているか否か(証人片山博美の証言によれば、申請人は会社より解雇されて以降も備南高校を退校せず、昭和四〇年九月頃まで同校に在籍していたことが認められる。)が明白でなく、かつ証人高橋実生、同高田守の各証言によれば昭和三九年秋頃申請人の兄が勤務先を解雇されたことを苦にして自殺したことが認められるので、申請人の第三学年における席次の急激な下降には右の諸要素も関連していると解しうる余地もあり、必ずしもすべて申請人自身の怠慢に基づくものとは断定することができない。

(2)  欠席、欠課、遅刻の増加

証人片山博美の証言によれば、備南高校における申請人の受講すべき第一学年総授業日数二四四日中欠席は二日、同様に第二学年二四五日中欠席は二日、欠課が一回であるのに対し、第三学年二二九日中欠席九日、欠課二〇回、遅刻二九回、早退一回であることが認められ、席次と同様にやはり第三学年になつてから急激に出席状況の悪化していることが明らかである。しかし、証人片山博美の証言によれば、第三学年における申請人の欠席等の日数計算中には申請人が会社より解雇された以後のものも含まれていることが認められる。一般に青春期の形成途上にある少年にとつて解雇された直後の精神的打撃が相当深刻であつたことは推測するに難くなく、そのため勉学に対する意欲を一時喪失して解雇以後の出席状況が急激に悪化した結果、前記のような数字になつて現れたと解しうる余地もあるので、第三学年における出席状況の悪化をもつて直ちに申請人自身の怠慢に基づくものと断定することはできない。

(3)  喫煙

昭和三九年一〇月六日申請人が会社グランド内で喫煙しているのを備南高校教員に発見され、同校より出校停止三日間の処分をうけたことは当事者間に争いがなく、成立に争いのない乙第五号証によれば同月八日会社所長宛今後未成年者としてこの様な行為は慎しむ旨の誓約書を提出したことが認められる。しかし、証人高田守、同佐藤賢二、同高橋実生、同片山博美の各証言、申請人本人尋問の結果によれば、その正確な割合は明らかでないが当時備南高校に在籍していた養成工のうちで特に三年生は、可成り多くの者が喫煙していたことが推認され、また証人片山博美の証言によれば、同三九年度に同校において申請人と同学年の養成工約一五〇名中出校停止処分をうけたものは約一八名(延べ二〇名位)あるがその七割までは喫煙によるものであつたことが認められるので、必ずしも申請人の右喫煙行為が同僚養成工中取り立てて素行不良であつたことを証明する資料とはなし難い。なお、右出校停止期間中に申請人が会社工場内で勤務時間中喫煙したとの事実については、この点に触れる証人松浦秀男の証言は伝聞にかかりにわかに措信することができず、他に右事実を認めるに足りる証拠はない。

(4)  暴行事件

昭和四〇年二月一〇日申請人が備南高校において同級生杉山幸夫を殴打したことにより、同校より出校停止八日間の処分をうけたことは当事者間に争いがない。そして、会社では申請人が前記喫煙による出校停止処分を受けた頃から申請人の処遇について考慮し始めていたが、遂に解雇に踏み切ることになつた決定的動機は右の暴行事件であつたことが証人石谷佳雄の証言により認められる。

しかし、証人川野義行、同高橋実生、同石谷佳雄の各証言、申請人本人尋問の結果によれば、右暴行事件のいきさつは、当日申請人のクラスは三校時が柔道であつたが、同科目は同校に体育館がないことによりいつも会社体育館を借りて行なわれていたため、日頃から次の四校時目の科目を遅刻または欠課する者が多くたまたま杉山も四校時目を欠課して五校時目の国語の授業をうけるためクラスの教室へ出て来た際、以前から同人が屡々代返を頼んだりして要領の良いことに反感を抱いていた申請人が、当時クラス議長であつたこともあり、杉山の右欠課の理由について詰問したところ、同人がこれを無視して答える必要はない旨放言しながら机上に腰かけ横柄な態度を示したので憤慨の余り、机から引きおろし、平手で二回同人の頬を殴打したものであることが認められる。もちろん、暴力行為それ自体は非難さるべきものであり、また証人片山博美の証言によれば右四校時目の科目には申請人自身も約三〇分遅刻したものであることが認められ、自己の落度を棚上げして他人の非を責める申請人の行為は徳義上も自己反省が足りず、いささか無神経のそしりを免れないが、反面多数の級友の面前でクラス議長としての自尊心を傷つけられ、杉山に対する前記のような感情的対立をうつ積させていた申請人の右暴行は、多感で直接的行動に走り易い傾向を有する少年の行動として全く理解できない訳ではない。そして、証人川野義行、同高橋実生の各証言、申請人本人尋問の結果によれば、申請人も暴力自体の非は素直に認めて直ぐ謝罪し、また杉山には右の暴行によつて何ら傷害の結果は生ぜず、五校時目の授業は両名共出席して支障なく行なわれたことが認められるので、申請人の右暴行は必ずしも重大悪質という程度のものではないと解すべきである。

(5)  教師に対する非礼行為等

(イ) 証人片山博美、同佐藤賢二の各証言によれば昭和三九年四月八日第一学期始業式の際、申請人は当時備南高校生徒会々長であつたので、同校から他校へ転勤する教師に対し全校生徒の代表として餞別の品を手渡すことになつていたが、その渡し方がやゝ丁重さを欠き礼を失するとの感を抱かしめるようなものであつた事実が認められる。しかし、申請人は、式の終了後同校生徒議長から右の点について注意されるや直ぐ謝まり、別段悪意から出たものではなかつたことが証人片山博美の証言により認められ、一般に礼儀作法に対する関心が薄いのは現代青少年の通例ともいえるのであるから、申請人の右行為をもつて取り立てて咎めるべき性質のものとはいえない。

(ロ) 証人片山博美、同佐藤賢二の各証言によれば昭和四〇年一月第三学期始業式の際、申請人は、教頭の訓示が終了するや、学校当局より発言の許可を得たうえ壇上から全校生徒に対し、産業会館という立派な建物があるにもかかわらずこのような吹きさらしの寒い場所で始業式を行なつた学校側の措置に抗議する旨の呼びかけを行なつた事実が認められる。

発言内容を学校側へ事前に知らせることなく、突然学校当局を非難するような言動に出たことはいささか突飛で穏当を欠いた憾みもないではないが、証人片山博美の証言によれば申請人の右発言は事後に何らかの責任を学校側から問われることを覚悟のうえ、あえて全校生徒の利益を考えて実行されたものであることが窺われ、その動機に不純なものがあると認められないので取り立てて咎めるべき性質の行為とはいえない。

以上一、の(1)ないし(5)で認定した事実ならびに評価および前記第二、で考察した養成工取扱規則九条四号の解釈に関する基準に照して本件訓練契約解除の当否について考えてみると、被申請人主張の解除事由はいずれも右規定に該当するものとはいえず、またこれらをすべて綜合しても右規定の基準に達するものとは認められないというべきである。

二、会社における実習および勤務状況

(1)  欠勤、早退の増加

証人松浦秀男、同竹田愈の各証言によると、申請人は昭和三九年度において有給休暇を八月頃までに使い果し、以後欠勤、早退が前年度および前々年度に比して若干増加したことが窺われる。しかし、その日時および正確な回数等は明らかでなく、また成立に争いのない乙第四号証、証人竹田愈の証言によれば、当時申請人と共に化工機工場工作課機械職場に配属されていた五名の養成工中二名にもかなりの程度の欠勤、早退のあつたことおよび養成工全体について無断早退の事例が多く会社勤労課より各職場の若年指導員に対し適当な指導ならびに監督を実施されたい旨の通達が出されていることが認められるので、果して申請人の欠勤、早退が他の養成工に比し著しく多かつたのかにわかに即断できないところである。

(2)  職場離脱および安全教育不参加

(イ) 昭和三九年一一月八日養成工桶孝弘が会社勤労部教育課へ呼ばれた際、申請人が就業時間中であるにもかかわらず二、三名の同級生を誘い教育課へ抗議に行つたとの被申請人主張事実を認めるに足りる証拠はない。もつとも、証人西長美郎、同川野義行、同三宅大五郎の各証言、申請人本人尋問の結果によれば、昭和四〇年一月頃、従来から養成工の訓練に関する主管部門であつた会社勤労部教育課職員と養成工との意思疎通を図るために開催されていた研修会の席上、教育課長が養成工に対して行なつた会社の方針に無条件で従えない者はやめて貰う旨の高圧的な訓示に反発して発言した養成工桶孝弘が、その後暫らくして会社より退職勧告の電話を自宅へかけられるという事態が発生したため、このような会社の態度に憤慨した申請人他数名の養成工が教育課へ抗議に行つた事実が認められるが、それが果して就業時間中であつたか否かは明らかでない。また、右の点について若干触れる証人高橋実生の証言は、職場離脱の点については比較的明確に供述しているけれども、それが桶孝弘の退職勧告問題と関連があつたか否かが明らかでなく、にわかに措信することはできない。

(ロ) 証人松浦秀男の証言によると、昭和四〇年一月某日、その日は養成工も朝から会社へ出勤すべき日であるのに、午前中申請人の姿が見えず昼頃になつてひよつこり職場へ現れた事実が認められる。しかし、申請人本人尋問の結果によると、当日は申請人に割り当てられていた小旋盤が故障し修理の部品を貰うために班長の許可を得て会社の営繕課へ行つていたものであることが認められるので、にわかに職場離脱があつたものとは断定し難い。

(ハ) 証人松浦秀男の証言によれば、昭和四〇年一月頃申請人は数回にわたつて会社の下請企業である三栄工業株式会社従業員と職場内でストーブを囲みながら長いときは一時間から二時間位雑談をした事実が一応認められる。

しかし、申請人本人尋問の結果によると、雑談の相手はかつて右三栄工業の古参従業員に殴られているところを申請人が救い、これをきつかけとして知り合い、以後何かと生活方針等について助言を与えていた大淵某であり、同人は精神薄弱児施設出身でやゝ意思の弱い性格であつたためか、会社へ仕事で来た折も色々な身上相談を持ちかけたので、申請人も親身になつて応待していたことが窺われる。もちろん、動機の如何を問わず就業時間内に、しかも一時間ないし二時間もの長時間にわたつて仕事以外の話にふけるということは、たとえ養成工ではあつても現実に生産業務に携わつている工員としての立場上決して好ましい態度とはいえないが、他方証人前川守の証言、申請人本人尋問の結果によれば、申請人の配属されていた化工機工場の機械現場は、コンベアベルトによる組立作業のように四六時中自己の持場についていなければならないわけではなく、各工員にそれぞれ各種の旋盤が配置され、班長から与えられた図面もしくは指示に従い一定の製品を作成するといつたどちらかといえば請負的性格を具備するものであつて、したがつて命ぜられた一定の製品の作成を終り、次の指示があるまでの間或る程度仕事の断絶を生ずることも稀ではないことが認められる。また証人松浦秀男の証言、申請人本人尋問の結果によれば、申請人の前記雑談に対しては機械職場の班長から、みつともないから大淵を早く帰らせるよう指示がなされ、さらに班長補からも双方に対し一、二回注意がなされた以上の措置は会社によつて何らなされていないことが認められるので、これらの事実に鑑みれば申請人の前記雑談は、結局少し度の過ぎた嫌いもないではないが、必ずしも情の重い怠業行為とみることはできない。

(ニ) 会社では、従来から災害発生の予防という目的より毎朝操業開始前三分間各職場の班長が従業員に対して「安全教育」と称する訓示を行なつていたが、昭和四〇年以降申請人が右安全教育に参加しなかつたことが数回あつたことは当事者間に争いがない。

しかし、証人高田守の証言、申請人本人尋問の結果によると、右安全教育に遅刻もしくは参加しないことは、他の従業員の場合も絶無ではなく、また各職場に置かれている石炭ストーブの焚付けおよび火力の維持は職場のしきたりとして養成工の役目とされており、最初の焚付けに手間取つたため安全教育に参加しなかつた場合もあることが窺われ、かつ証人松浦秀男の証言によれば、班長補から数回注意をうけてから後は申請人も安全教育に参加するようになつたことが認められるから、右の程度の安全教育不参加をもつて職場規律を頭から無視した態度であると断ずるのは相当でない。

(3)  上司に対する反抗的態度および報告義務違反

証人松浦秀男の証言によると、申請人は自己の配属職場における直近の上司であつた班長補松浦に対して時に反抗的態度に出た事実が一応認められる。しかし申請人本人尋問の結果によれば、申請人は、松浦が屡々自己の昼食用パンを養成工に買いに行かせるにもかかわらず、他の一般従業員が同様の依頼を養成工にするとこれを厳しく叱責する等の矛盾した言動をとるため同人に好意を持つていなかつたことが認められ、そのことが特に同人に対する少年特有の反抗的態度となつて現われた結果両名の間に或る程度心理的な緊張もしくは対立感が潜在していたもののように推測される。したがつて、申請人が製品の作成上ペケ(誤作品)を出した場合上司に報告することなく勝手に棚から代りの材料や部品を持ち出してやり直しミスを糊塗したり、指示を得ない安易な仕事ばかり手がけていたとの点に触れる証人松浦秀男の供述はそのまま全面的に措信することは困難であるのみならず証人前川守の証言、申請人本人尋問の結果によれば、前記の如く化工機工場機械職場における仕事の内容は請負的性格を有し、たとえ上司から指示された仕事についても指示の範囲内において製品の作成順序などは従業員の判断によることが可能であつたことが窺われ、また申請人本人尋問の結果によると申請人の配置されていた小旋盤担当の直接の上司は中西班長であつて、松浦班長補は大旋盤担当であつたことが認められるので、果して申請人が被申請人主張のように誤作品に関する報告を怠つたり、自分勝手な作業を遂行していたかはにわかに即断できないところである。

以上二、の(1)ないし(3)で認定した事実ならびにその評価および養成工取扱規則九条四号の規定に関する前記解釈基準に照して、前記一、同様本件訓練契約解除の当否について考えてみると、被申請人主張の解除事由中(2)の(イ)、(ロ)、(3)はその事実の存在の疎明がないことに帰し、(1)もそれ自体では解除事由たり得ないこと明らかであり、(2)の(ハ)、(ニ)も前記のような事情を併せ考えれば右規定に該当するものとはいえず、またこれらをすべて総合しても右規定の基準に達するものとは認められないというべきである。

三、さらに、証人竹田愈、同松浦秀男、同高田守の各証言によれば、申請人の実技能力について、現場で申請人に対して直接技術指導を行なつたことのある指導員三名間に若干喰い違いはあるが最大公約数的評価として少なくとも水準以下ではなかつたことが認められる。また証人片山博美の証言によると申請人と同学年の養成工で学業の成績が申請人以下と見られる者もすべて本工になつていることが認められる。従つて、学科と実技の成績からすれば、申請人は解雇されることがなければ、訓練期間の終了に伴いまちがいなく技能検定にも合格したであろうことが推測される。ところで、証人石谷佳雄の証言によると、会社は学科および実技の成績もさることながら、素行ないし人柄の点を最も重視し、修業の状況から申請人が責任感に乏しく協調性に欠け長期にわたる集団作業に適しないと判断して訓練契約を解除したことが認められる。たしかに、第三学年の後半から申請人の修業態度に相当の乱れのあつたことは否定できないが、それにはかなりの理由のあつたことは前に認定したとおりであつて、必ずしも永続的本質的な乱れとすることはできない。むしろ、教育的立場を強調する会社としては、このような急な乱れ方の原因を調査し善導する適切な方策をとるべきであるのに、何ら見るべき処置のとられた形跡はなく、かえつて、前記暴行事件を契機に一挙に訓練契約解除を強行したと見られないこともない。そればかりでなく、右石谷証言ならびに前記認定の事実によれば、申請人は自分の言うべきこと、主張すべきことを進んで発言する活発な性格であり、かつ指導力に富み、手段方法に思慮の足りない軽率な点があり、権利を主張するに急で義務を果すことに若干劣る点はあるが、生徒会長としてあるいは養成工を代表して職制ないし上司に対し、学校における課外活動や寄宿舎における生活条件等の問題について、種々の申入をする等活発な行動に出ていたことが認められる。そして、このような自己主張ないし権利意識の活発さが会社にとつていわゆる煙むたい存在に感じられたことも想像に難くないところであり、このことが協調性に欠け責任感乏しく反抗的であるとの会社側の評価をまねいたことも否定できないから、このような申請人の人柄に関する会社の判断は、会社本位の一方的な評価であつて、客観的な裏づけに乏しいものというべく、これらの諸事情を合せ考えれば、申請人が素質、能力その他修業の状況からみて訓練目的に適応せずまたは成業の見込みがないとすることは困難である。これを要するに、前記一、および二、のすべてを総合しても右規定の基準に達するものでないとの結論を左右すべきものとは解せられない。

したがつて、被申請人が申請人に対してなした本件訓練契約の解除は結局養成工取扱規則九条四号の適用を誤つたもので無効というべきであるから、これに基づく本件解雇の意思表示も、また申請人主張の不当労働行為の成否について判断するまでもなく無効であり、申請人はなお被申請人の従業員たる地位を保有しているものというべきである。

第四、賃金請求権および保全の必要性

被申請人が昭和四〇年二月二五日以降申請人を従業員として取扱わず、同年三月以降の賃金を支払つていないことは当事者間に争いがなく、乙第一号証、第三号証によれば申請人は本件解雇当時修業手当の名目で毎月二五日に金一一、八〇〇円の賃金の支払いをうけていたことが認められる。また申請人本人尋問の結果および弁論の全趣旨によれば、申請人は他に資産もなく賃金のみにより生活を維持している若年の労働者であり、解雇後前記の如く昭和四〇年九月頃備南高校を退学して故郷の丸亀市へ帰り土工をしているが、現在就労を希望していることが認められ、解雇された地位を継続させることは申請人に対して将来少なくない不利益を与えるものと推測される。さらに、証人芳村護の証言によると、申請人が解雇された後会員約二百名ないし三百名の「申請人を守る会」が組織されたことが認められるが、同会から申請人に対して経済的援助がなされているか否かは不明である。

以上の事実によれば、地位保全ならびに昭和四〇年三月以降毎月二五日限り一ケ月金一一、八〇〇円の割合による賃金仮払いの仮処分の必要性があるといわなければならない。

第五、結論

そうすると、申請人の本件仮処分申請はその理由があるから保証を立てさせないでこれを認容し、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 五十部一夫 金田智行 大沼容之)

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